【オシム氏追悼対談 #最終回】城福浩×小倉勉 名将が託したバトン「お前たちが続けるんだぞ」

オシムを語る城福浩と小倉勉の第4弾

イビチャ・オシム氏がこの世を去った。80歳だった。ジェフユナイテッド市原(現千葉)、日本代表を率いたオシム氏は、日本サッカー界に確かな変革をもたらした。U-17日本代表監督の時代にオシム氏と多くの言葉を交わした城福浩氏、ジェフ市原・日本代表ともにオシム氏の元でコーチを務めた小倉勉氏も、そんな名将から大きな影響を受けたサッカー人の1人だ。「Off The Ball」はU-17日本代表で共闘した城福浩氏と小倉勉氏による対談インタビューを実施。最終回となる本記事では、オシム氏の卓越したチームマネジメントとサッカーから離れた私生活で見せた素顔について語る。

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目次

オシム氏の卓越した“機を逃さぬマネジメント”

小倉 勉

ある選手が試合直前のホテルでのミーティングの集合時間に1分遅れたことがあって、1分でも過ぎると確かに遅れたことにはなるんですが、オシムさんはバタンと部屋の扉を閉めてしまって、ミーティングに全く参加させず、バスにも乗せないで発車してしまったんですよね。その選手は試合に出場する予定のレギュラーだったんですけど、僕らの感覚からすると、その時点でメンバーから外れて変わると考えるじゃないですか。違う選手が代わりに出場することになるんだろうなと。それで、変更するメンバーをオシムさんに確認したら、全くメンバーが変わってないんですよ。でも、バスに乗ってないので、来てないわけですよ。僕らからしたら、ホームの試合ではあったんですけど、この選手が会場に来ることがなかったらどうするんだろうか…と不安だったのですが、その選手は血相変えてスタジアムにやってきたんです。それで、オシムさんは試合に出すんですよ。

城福 浩

それは、その選手頑張るよね…!

小倉 勉

そうなんです。めちゃくちゃ頑張って、その試合に勝ったんです。あとは、ある外国人選手が遠征先の練習中に気に入らないことがあったようで、練習が中断になって、オシムさんが「もういい。出ていけ。帰れ」と言うんです。選手は「監督が怒っているから、俺はもう帰る」と言っていたのですが、僕らコーチ陣でその選手をなだめて、通訳と一緒にオシムさんのところへ連れて行ったんです。そしたら、オシムさんは「なにしに来たんだ?」といった感じで。選手は「怒らせてしまい、今日のことを謝りたくて…」と切り出したのですが、オシムさんは「ん?誰が怒ってるんだ?お前がか?」と不思議そうにしていて。監督が怒っているように見えたことを説明すると、「そんなの試合中にいくらでもあるだろう。お前、試合中に怒られたからと言ってピッチから出ていくのか?」と言って。選手は「そんなことないです!」と言うと、オシムさんは「帰る必要なんかない。その代わり、明日は朝早く起きてコーチ陣と練習してこい」と言いつけまして(笑)結局、その選手が試合で2ゴールを決めるんですよ。どんな選手でも同じように接し、選手としてだけでなく、人間として向き合うことのできる監督でしたね。

城福 浩

計画してやっているというより、集合時間に1分遅れるだったり、シュート練習で少し気が抜けているだったりだとか、そういう事象の機を逃さずに、本人や周囲のやる気をかき立てるジャッジができるんだよね。1分だし、まぁいいか、とその場の判断でチームに入れてしまうのが普通なのを、そこを瞬時に入れないという決断をして、そこからゲームへの好材料に引っ張っていく、そういった決断力と行動力でチームをモチベートしていくというのは、頭でわかっていても、その瞬間の判断だから、決して簡単じゃないよね。

小倉 勉

なにが印象的かって、遅れることに厳しいオシムさん自身も、やってくるのが集合時間の1分前とかなんです(笑)

城福 浩

あはははは(笑)

小倉 勉

僕らもいつもヒヤヒヤしていたんですよ(笑)もし時間に間に合わなかったりしたら、選手たちだって「監督も来てないじゃないですか」となってしまうんじゃないですか。でも、実際にはちゃんと来ているんですけどね。ミーティング会場に現れるのが1分前なだけで。振り向いてしまうと急かす感じが出てしまうので、僕らは決して振り向かなかったですが、背中でオシムさんがやってくるのを感じ取るんです(笑)

オシム氏からのバトン「亡くなられた今でも言っている」

ジェフユナイテッド市原時代のオシムと小倉勉
【提供:小倉勉氏】
城福 浩

ピッチの上で表現するサッカーの背景に、チームマネジメントのやり方や選手の扱い方、リスペクトの示し方があって、全員が当事者意識を持って参加するようなオーガナイズをすることができる。その背景がなければ、ピッチ上のことのみで、献身的に人とボールが動くサッカーをやるんだ、と声がけしているだけではそれは体現できない。それをコーチの小倉は目の当たりにしてきて、実際俺も刺激を受けたわけだけど、それでも真似したいと思っても真似できるものじゃないし。

小倉 勉

そうなんです。真似できないな、ということを痛感しました。同じことをやろうとしても難しいし、オシムさん自身も、自分のやり方を押し付けることは望んでいなかったと思います。それを自分なりにブラッシュアップして、5年後、10年後のサッカーのために、どんなことがトライできるのか。「それをお前たちが続けないといけないぞ」と、亡くなられた今でも、オシムさんはそう言っていると思います。当時、僕はオシムさんの近くに住んでいたというのもあって、送り迎えでいつも一緒でしたし、一緒に買い物にもよく行っていました。オシムさんは料理も上手だったんですよ。あの雰囲気では想像できないとは思いますが(笑)何回もご馳走になりましたが、オシムさんの手料理は本当に美味しかったです。買い物に行ったら、「奥さん、息子にあげなさい」と色々買っていただいたり。サッカー以外でのオシムさんの素顔も知っていますし、仕事上でも、怒っているような口調で言われることも、冷静に受け止めると、言っていることは至極当然のことで、経験を積んできたにつれ、こうするべきだったよな、と思うことしか言われてないですね。

城福 浩

多色ビブスのトレーニングとか方法論だけの模倣は意味がない、日常のサッカーへの向き合う姿勢、選手へのリスペクトという積み重ねがあって初めて、試行錯誤された練習メニューとかオフザピッチのマネジメントが生きてくるということを、そういうセリフでは言われてないけれど教えられたね。

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オシムを語る城福浩と小倉勉の第4弾

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この記事を書いたライター

「Off The Ball」編集長。
大手サッカー専門メディアに過去6年配属。
在籍時は、高校サッカー・J1リーグを主に担当。
「DAZN」企画でドイツ・スペインへの長期出張で現地取材を経験。
人生の転機は、フェルナンド・トーレスの引退会見で直接交わした質疑応答。
趣味はサウナ。

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