小倉勉が語るポステコグルー【後編】 “横浜FM改革”の真髄とセルティック就任後のやりとり

横浜F・マリノスでの革新的なサッカーで、日本サッカー界に大きなインパクトをもたらしたアンジェ・ポステコグルー監督。小倉勉氏(現・東京ヴェルディヘッドコーチ)は当時、横浜FMのスポーツ・ディレクターとしてチーム作りをサポートしていた。前編では、ポステコグルー監督が選手やチームに伝授した哲学について取り上げた。後編では、ポステコグルー監督が横浜FMで体現した攻撃的ポジショナルサッカー戦術の真髄、さらにセルティックに就任して以降のやりとりについて明かしている。

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ポステコグルーが重要視したのは「相手のポジション取り」

ポステコグルー監督の戦術と言えば、ハイラインを敷くポジショナルサッカーが象徴的だが、両サイドバックがボランチの位置取りをしつつ、ボランチがサイドに流れるなど、当時の日本サッカーにとっては画期的なスタイルを確立していた。

小倉 勉

アンジェが強調していたのは、選手のポジショニングそのものが重要なのではなく、そのポジショニングを取ることで、相手がどのようなポジショニングを取ってくるのかを見極めろということ。それによって他の選手の動き出しやボールの運び出しが変わってくる。例えばサイドバックの選手が中央にポジショニングすることで、サイドバックとマッチアップしていた選手も移動することになって、スペースの空くポジションが出てくる。そこをどのように使うのかを入念に落とし込んでいた。

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相手選手も混乱「プレッシングをかける相手がいません!」

一方で、ウイングに関してはポジショニングを崩させず、高い位置でのプレーを徹底させていた。

小倉 勉

アンジェは、ラインをハーフウェーライン付近という高い位置を保った上で、ウイングに対して「下がってくるな」ということも強く指摘していた。面白かったのは、マリノスの対戦相手の選手が、相手監督に「俺、誰を見たらいいんですか?どうすればいいんですか?プレッシングをかける相手がいません!」みたいなことを言っていたこともあった。マリノスが高い位置を取っているから、相手からしたらマークするべき選手が自分の後ろに位置取っている、なんてことはザラにあったからね。でも、相手がそれに合わせてラインを下げてしまうと、こちらの思う壺だったから。

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ポステコグルーが強くこだわったウイングの立ち位置

Jリーグでもよく見かけるのは、前線で孤立してしまうケースを避けるため、アタッカー陣が中盤の位置まで落ちてきてボールに触れるような場面だが、ポステコグルー監督は攻撃陣にウイングをいかに相手陣地のサイドに張らせておくか、その戦術に強いこだわりを示していた。

小倉 勉

マリノスのウイングも、守備時はちゃんと戻る。でも、攻撃時に下りてくることはあまりしない。前田大然や仲川輝人も、自陣まで全速力で戻ってきて守備するが、攻撃時はしっかりと高いポジション取りを維持していた。日本では特に、我慢できずに下がってきてしまう選手が多い傾向にあり、それを許してしまうクラブも多い。でもアンジェは、ウイングが下がらない戦術を徹底していた。それによって相手のサイドバックをピン留めできることも重要だった。アンジェはミーティングで、下がってくることのデメリットを毎回にわたって強く訴えていた。

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ポステコグルーが力説した“動かないプレー”の重要性

日本サッカーでは、選手が常に動き回るハードワークを良しとする風潮があるが、ポステコグルー監督は“動かないプレー”の重要性を説いていたという。

小倉 勉

下がらずにサイドに張るということは、ボールが運ばれた時、裏を取ることのできる余力がある。自陣に戻ってしまっている時間が長ければ長いほど、裏へのスプリントで最大値を出すのが難しくなる。ボールを奪われてから奪い返すまでの時間を、いかに速くする事ができるかが、次の攻撃のカギを握る。なぜアンジェのチームが常にスプリント回数でトップの数値を叩き出していたのかには、それなりの理由がある。動くべき時は動いて、留まるべき時に留まっていたから。

ポステコグルーとセルティック就任後に交わしたやりとり

2021年夏にスコットランドの名門セルティックへと活躍の場を移し、愛弟子のFW前田大然を筆頭に、FW古橋亨梧、MF旗手怜央、MF井手口陽介と有望な日本人選手を獲得。自身の求めるサッカーに適した人材を少しずつ揃え始めている。

小倉 勉

アンジェとはセルティックに行ってからもやりとりしていたが、「自分のサッカーをチームに根付かせるには、まだまだ自分のサッカーに適した選手が必要だ」と言っていた。言わば、マリノスに就任した時と同じ状況にあるということ。ピックアップしている日本人選手の話も聞いていた。これは予想の範囲だが、正GKに関しても、ゆくゆくはビルドアップを得意とする守護神を求めると思う。あとは、ハイラインを維持したいけれど、後ろの選手にスピードが不足しているから、そこもどうするべきは考えているはず。

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ポステコグルーのセルティック改革は始まったばかり

セルティックでは就任1年目にしてリーグ優勝を達成するなど、幸先の良いスタートを切っているが、ポステコグルー監督の求めるサッカーを体現するうえで、チーム作りはまだ途中段階にあるようだ。

小倉 勉

1シーズン目でタイトルを獲得するなど、早い段階で結果を残せているが、アンジェ本人はチームの完成度にまだまだ満足はしていないようだった。レンジャーズとのダービーマッチでとても良い試合をしていたので、アンジェに「前半の出来は特にパーフェクトだったね」と送ったのだけれど、「まだ改善するべきポイントが山ほどある」と返ってきたから。彼の求めるレベルは、まだまだ上にあるということだね。

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小倉勉が語るポステコグルー【後編】 のまとめ

ポステコグルー監督が横浜FMで体現したハイラインを敷くポジショナルサッカーは、自チームのポジショニング以上に、それによる対戦相手のポジショニングの掌握が軸であり、特にウイングの立ち位置に関してはいかに相手陣地に留まらせるかを重要視していた。そのために“動かないプレー”を常に意識させていたからこそ、ここぞという時のスプリント回数で他の追随を許さぬ数値を叩き出していたようだ。

セルティックでは就任1年目にセルティックで優勝を成し遂げたポステコグルー監督だが、指揮官の求めるサッカーを体現するには、まだまだ未完成の段階だと本人は小倉勉氏に話していたという。欧州ビッグクラブへの引き抜きも取り沙汰されているポステコグルー監督だが、今後セルティックで取り組む更なる改革に期待したい。

※当記事のインタビューは2022年6月4日に実施したものです。

当記事のインタビュイー

小倉勉のプロフィール

U-17日本代表 ヘッドコーチ… AFC U-17選手権優勝

日本代表 コーチ… 南アフリカW杯ベスト16

U-23日本代表 ヘッドコーチ…ロンドン五輪ベスト4

大宮アルディージャ 監督…J1残留

ヴァンフォーレ甲府 ヘッドコーチ…J2優勝

横浜F・マリノス SD…2017年〜2022年

東京ヴェルディ ヘッドコーチ…2022年〜現在

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ジョータツ

「Off The Ball」編集長。 大手サッカー専門メディアに過去6年配属。 在籍時は、高校サッカー・J1リーグを主に担当。 「DAZN」企画でドイツ・スペインへの長期出張で現地取材を経験。 人生の転機は、フェルナンド・トーレスの引退会見で直接交わした質疑応答。 趣味はサウナ。